出典:John Coltraneの五度圏表より
https://roelhollander.eu/
イントロダクション
目次
初めてハンドパンを触った新鮮な気持ちを覚えていますか?高額な楽器なはずなのに、1台所有してしまうと、2台目も欲しくなってしまいます。
生産工房によって特徴が大きく異なることや、スケールが固定されているなど理由は様々。ハンドパンはピアノのように一家に一台というわけにはいかないものです。
その音に魅了されれば次から次へと欲しくなってしまいます。それはまるで一眼レフカメラのレンズのよう。
今回の丸いブログでは2台目購入をポジティブに捉え、お手持ちの1台目のスケールを拡張させるヒントをシェアしたいと思います。
また最後には2016年以降に出現した新しいコンセプトのハンドパンについてもお話したいと思います。それでは最後までよろしくお願いします。
【簡易版】「どのスケールとどのスケールが合うのか?」の問いに対して、長々と書いていますが、簡単に言うと以下の3つです。
1.) 五度圏表で自分のスケールを確認
2.) 隣合う(属調、下属調)と向かい(平行調)の3つが合うスケール
3.) 斜め2音はベース音(Ding)としてなら合う
例 ) C#minor pic.twitter.com/DM73DaJfzo— L'ATELIER DE ◯ (@marui_blog) December 11, 2018
スケールを合わせるとは?
アトリエマルが運営するStudio○(スタジオマル)へ来られるプレイヤーさんや、お問い合わせで一番多い質問はこれです。
「どのスケールとどのスケールが合うのでしょうか?」
「D Minorを所有しているが、2台目購入するならどのパンが良いか」「3台目を持つならOnoleoスケールのような奇をてらったモノが良いのか」などもあります。
1台のみで演奏するなら気に入ったスケールを集めるのもいいかもしれませんが、複数台で同時プレイを希望する場合はスケール合わせに知識が必要です。
Dingがスケールを決定させる?
まず大前提としてハンドパンのスケール構成は独特で一筋縄ではいかないということを押さえておきましょう。例えば定番Dマイナー(Celtic)の構成音は
(D) / A C D F G A C D(D Minor)
なのですが、西洋音楽のD短調とF長調は以下のような構成音。
D E F G A Bb C D(D短音階)
F G A Bb C D E F(F長音階)
D MinorとF Majorは平行調と呼ばれる強力な関係。互いに同じ構成音なのですが、起点が変わるだけでメジャーになったりマイナーになったりする関係性を持っているのです。もう一度のハンドパンのD Minorをみてみましょう。
(D) / A C D F G A C D(D Minor)
次にDing(D)を抜いた状態でもう一度みてみましょう。
A C D F G A C D
Ding(D)を抜いて奏でるとD MinorなのかF Majorなのかのはっきりしません。
しかしながら、一番低音のDing「D」から叩いていくと一気にD Minor感が出る。これがハンドパンのスケールが持つ世界観です。周囲のTonefieldだけでははっきりしないが、Dingから叩いていくと一気にマイナーになるという現象がよくあるのです。(逆も然り)
Dingはまるでそのスケールがメジャーなのかマイナーなのかを決定付けるスイッチボタンとも言えます。
【余談】D Minorは『Celtic』の他に「Bb」を構成音に入れた以下3種類も存在します。
(D) / A Bb C D E F A(Integral)
(D) / A Bb D E F A C(Mystic)
(D) / A Bb C D E F G A (Kurd)
と、Tonefieldも1音並びが違うだけでスケールの持つ印象が変わるのです。
そして、マルチスケールを考える
「中性的なtonefield」「長短決定づけるDing」といったハンドパンのスケール感を前提とした上で、複数台(マルチ)プレイについて考えていきましょう。
(1)他のハンドパン奏者の方や他楽器とセッションする時のスケール合わせ
(2)一人で複数台のハンドパンを演奏する時の拡張方法。
などを目指していきたいと思います。スケールが合うか合わないかを確認せずに購入してしまうのはとても勿体無いです。
今回紹介するのは音楽理論的な意味で「これとこれは合わすことができる」という一つの提示です。ご参考になれば幸いです。
DJから学べ – ハーモニックミキシング –
さて、「スケールを合わせる」とはどういったことなのでしょうか?その答えは現代DJの選曲にヒントがあります。
「アナログレコードDJ」から「デジタルPCDJ」へと移行され、現代DJたちはノートPCで楽曲管理ができるようになりました。中でもとりわけ強力なツールが以下の2つ。
1) 音楽ファイルのメタデータにキー(調)を記憶すること。
2) 次に合うキー(調)の曲をレコメンド(推薦)してくれること。
出典 : キー解析ツール「Mixed In Key」より
https://mixedinkey.com/
現代DJたちはプレイ前に音楽ファイルを解析しキーをソフトウェアに書き込みます。キーが分かると次の曲に合うキーが膨大な曲から絞ることができるからです。
「機械でなく感覚を頼れ」とアナログDJの方からは野次が飛んできそうですが、現代DJは耳を貸そうとはしません。彼らは曲を繋いだ後に空気感が大きく変化しないよう「キー(調)を押さえておく」ことに注意を払っているのです。
出典 : Mixed In Keyが五度圏表(Circle of fifths)を元に作成
https://mixedinkey.com/
上の表はハーモニックミキシングと呼ばれています。西洋音楽理論の五度圏表(Circle of fifths)をベースに作成されています。
五度圏表(Circle of fifths)とは:
時計回りに完全五度、反時計回りに完全四度の関係にある表のこと。
外枠がメジャー。内枠がマイナー。
出典:『選曲って難しいよねって話』より
DJとしての使用方法は簡単。例えば現在Db Minor [12A] の曲をかけている状態なら、次曲は上にあるE Major [12B]、もしくは左右のF# Minor [11A]、Ab Minor [1A] の3つのキーを推薦してくれる。(12Bなどの数字は、DJソフト上で一目で次に合うキーを選択できる便宜上のもの)
ハンドパンのチューニングも5度を意識していて、5度(Fifth)というのはとても重要なワードなのですね!
TonefieldのC(ド)をチューニングには下記3つ音が含まれています。
根音:C
8度(オクターブ):C
5度(オクターブ+5度):G
『ハンドパン道場(DoJo)オープン』より
さて、この五度圏表(Circle of fifths)ハンドパンではどう使うのでしょうか?次からは実際に欧米トッププレイヤーたちのパンの選び方をみていきましょう。
事例1 : Philippe Gagne氏のRav Drumセット
Philippe Gagne – Brumes (Rav Drum)(Canada,2016)
Philippe Gagne氏による楽曲『Brumes』はセットは以下の通り。
(D) G A B C# D E F# A
サブ楽器:G Pygmy (Rav Vast 1)
(G) C D D# G A# C D F
サブ楽器:B Rus(Rav Vast 2)
(B) D F# A C# D E F# A
左右に配置されたサブ楽器G PygmyのDing「G」とB RusのDing「B」でベース進行を作り、
メイン楽器 D MajorのTonefiledでメロディを組み立てていきます。
D Major のDing「D」が叩かれるのは楽曲後半の2分45秒から。今まで封印されていたメジャー音階が後半に開放されたように突き上がっていく構成は心動かされます。
D Major 1台だけではできないこの構成。「G」と「B」のDingが重大な役割をしています。五度圏表を使って具体的にスケールの関係性をみていきましょう。
スケールアナリーゼ
メイン楽器:D Major(主調)
サブ楽器:G Pygmy(下属調 )
サブ楽器:B Rus (平行調)
メイン楽器 D Majorに対して、G Pygmy(下属調)とB Rus (平行調)が左右にセットされているということ。そのため、Dメジャー音階にも関わらず、序盤に独特なマイナー感を出すことができたのです。
ここで「下属調」という新しいワードが出てきましたね。2台目を選ぶ時はお手持ちのスケールに対して平行調、属調、下属調という言葉を押さえておけば後はもうOKです!
【用語】
平行調:メジャー調を基準とした3度下からのマイナー調。同じ構成音。
属調:主体となる音の5度上(完全五度)
下属調:主体となる音の5度下。オクターブ上げると4度上(完全四度)
これら3つの調はスケール同士でバッチリ合うことができるので、序章で述べた
(1)他のハンドパン奏者の方や他楽器とセッションする時のスケール合わせ、 にとても重宝します。
今回のようにD-Majorのハンドパンを持っていたら、セッションする相手にはB Minor、A Major、G Major この3つのスケールを用意してもらうと良いでしょう。
事例2 : Kabeção氏のHandpanセット
Kabeção – Sun of God(IL,2017)
Kabeção氏の楽曲『Sun of God』のセットは以下の通り。
(F#) C# E F# G# A C# E
サブ楽器: D Kurd (Asachan)
(D) A A# C D E F G A [C D]
サブ楽器:B Onoleo(Halo)
(B) F# G B D# E F# G B
3分35秒あたりからD KurdのDing「D」が追加され、
4分30秒あたりからB OnoleoのDing「B」が入ってきます。
Sunpan1台だけではできないこの構成。「D」と「B」のDingが重大な役割をしています。
ハンドパンの中でも一番リッチなサウンドが奏でることができるDing。異なるDingでハーモニー(和音)を作ることができるようにセットすることが重要です。
Kabeção氏の代表曲『Sun Of God』。五度圏表を使って具体的にスケールの関係性をみていきましょう。
スケールアナリーゼ
メイン楽器:F# Minor(主調)
サブ楽器:D Kurd
サブ楽器:B Onoleo(下属調)
メイン楽器 F# Minorに対して、D Kurd とB Minor(下属調)がセットされているということ。そのため、F# Minorの音階がさらに掘り下げることができたのです。
五度圏表を見てみるとF#Minorに合うスケールは「A Major(平行調)」「C# Minor(属調)」「B Minor(下属調)」の3つのはず。しかし、Kabeção氏が使用しているのはD KurdのDing「D」です。「D」はF# Minorにとってどういう存在なのでしょう?
音楽理論的に言うなら「D」と「F#」は長3度関係、さらに右上に位置する「E」と「F#」は長2度の関係。「D」と「E」が入るとコード進行のバリエーションもぐんと増えます。
これはF# Minorスケールには「D」と「E」でベース音が作れるという意味であって、F# Minorスケールが「D Majorスケール」と「E Majorスケール」と合うという意味ではないです。ここは注意しましょう。
そこで改めて、F# Minorの構成音を書き出してみます。ハンドパンの構成音ではなく、西洋音楽理論上のF# 短音階を書き出します。
F# G# A B C# D E F# (F# 短音階)
当然の事なのですが、F# Minorスケールは先ほど書き出した「G#」「A」「B」「C#」「D」「E」のDingをベース音として自由に合わせることができるのです。
もう一度、五度圏表をみてください。「G#」以外の全ての音がF# Minorの周囲に位置していますよね。五度圏表はハンドパンの早見表のようなものとしてかなり使えることがお分り頂けたでしょうか?
この考え方は序章で述べた、
(2)一人で複数台のハンドパンを演奏する時の拡張方法、の時に重宝します。
ハンドパンのマルチプレイ – スケールを選ぶポイント-
繰り返しますが、2台目のハンドパンを探されている方は購入前に五度圏表を確認しましょう。
1)自分が演奏する主体となるメインスケールを決める。
2)それに対する「平行調」「属調」「下属調」のパンを選ぶ。
例) C# Minor スケールのハンドパンを所有のケース
C# minor:基準(主調)
左側のF# minor:下属調
右側のG# minor:属調
上にE Major:平行調
3つのスケールがバッチリ合います。
ベース音として「A」や「B」のDingも選択可能。
Philippe Gagne氏のようにメジャー⇄マイナーを行き来する構成を練りたい場合、平行調のDing の音が架け橋になります。
Kabeção氏のように一つのスケールをとことん掘り下げたい場合は、属調や下属調のスケールを選択。さらにベース音として斜め向かいのDingを入れることもできます。
スケールが見つからない!
如何でしたでしょうか?皆さまのスケール選びのサポートができましたでしょうか?しかしながら冒頭で述べたように、これも一つの提示に過ぎません。
人気スケールであるC# YshaSavitahをお持ちの場合を考えてみましょう。
例) C# YshaSavitah(C#メジャースケール)を所有のケース
C# Major:基準(主調)
上のF# Major:下属調
下のG# Major:属調
左にA# Minor:平行調
3つハンドパンが合うスケールです。
Aphex Twinの名曲Nannou2はG# Majorの和声進行が続くピアノ曲。C# YshaSavitahスケールで合わせることができるか試してみましょう。属調関係なのでバッチリ合うはずです。
Nanou 2” by Aphex Twin (Album Drukqs) *HD* (UK,2001)
しかし、ハンドパンでとなると、G# Major(属調)、F# Major(下属調)、A# Minor(平行調)などのスケールは
その場合はスケールではなくベース音Dingで合わせる方法を検討してみましょう。C# Majorの基本構成音を書き出します。
C# D# F F# G# A# C C#(C# 長音階)
C# Majorスケールはここで書き出された「D#」「F」「F#」「G#」「A#」「C」のDingをベース音として自由に合わせることができるのです。
(F) や (C)のDingを持つハンドパンはポピュラーですので入手可能でしょう。
このように、スケールで合わせるのではなく、ベース音で合わせるとなると、多くのパンに潜在的な可能性があります。さらに、和音構成で合わせる場合、数音でも合っていればメインで演奏される方の補助的な役割で参加することも可能です。
ハンドパンの音楽理論コースが開講!
コード進行や和音構成の詳細については、ハンドパンに特化した音楽理論コースがMaster The Handpanよりリリースされていますので、しっかり勉強されたい方は受講してみましょう。
全24回(149USD)
Master The Handpan 【音楽理論コース】
masterthehandpan.com
こちらはサンプルで配布されているセブンスコードについて。(第9回目)
Master The Handpan Music Theory Seventh Chords(France,2018)
新しいコンセプトのハンドパン出現
– BassPan –
DuBas ( EchoSoundSculpture )(CH,2016)
今までの文脈を踏まえると、Dingのみで構成されたベース音のみベースパン《Du Bas》の見え方が変わってくるでしょう。
Saraz Handpan G Major and Bass Pan(US,2017)
このようにDingの数をさらに3つ増やすことでコード進行のバリエーションを増やし、いろんなアングルからご自身のスケールを拡張することができます。
– Mutant Handpan –
また、2016年よりミュータントハンドパンが出現します。
ミュータント(Mutant)とは:
9音以上音があるハンドパン。今まで完成されたスケールは表現できず、不自由さがありました。(それがハンドパンの魅力でもあったのですが)ミュータントの登場により、スケールの構成を全て満たす音が入っていることが可能となります。Ding Side(表面)に9音以上の音入れしたのを呼ぶことが多いですが、Gu Side(裏面)にも音入れされた9音以上あるハンドパンもミュータントと呼ぶこともあります。
このエポックメイキングな発明をしたのはアムステルダム(オランダ)の工房Jan Borren Handpan。(噂によるとKabeção氏の特注オーダーを受けて生まれたということらしい。)
“Golden Mutant” – Jan Borren Handpan(Holland,2016)
私たちアトリエマルオンラインストアでは通常モデル(8-9音)だけでなく、今欧州で主流となっているミュータントモデルも積極的に入荷していく予定です。定期的に覗いて頂ければ幸いです。
現在、ヨーロッパ産の在庫多数ございます。
>>在庫をチェック
まとめ
如何でしたでしょうか?皆さまのスケール選びのヒントになりましたでしょうか?
Philippes氏の楽曲『Brumes』は超絶テクニックという訳でも、複雑なポリリズムを奏でている訳でもないです。しかし、楽曲構成力が素晴らしいため心動かされます。楽曲の世界観を広げるためには2台目、3台目のハンドパンがきっと役立つことになるでしょう。
そのために、五度圏表が強力なサポートとなります。それはキーの知識がなかった現代DJたちが音楽ファイルを解析してDJプレイをするように。
– 音楽理論からの自由 –
最後に思いを一つ語らせて下さい。
今までの内容と矛盾するようですが、最終的には「音楽理論の型」にハマらずに皆さまご自身のインスピレーションを大事すべきだと思います。
私が好きなブラックミュージックは楽譜が読めないアーティストがサンプラーやソフトウェアを使って楽曲製作しヒットチューンを連発する世界。逆に、理論だけの知識を詰め込んでコード進行が綺麗になり過ぎても面白味にかけますね。固定概念から脱却するのも大変と聞きます。
黒人HIphopプロデューサーは幼少期から丁寧に音楽教育を受けていたのでしょうか?強引でブロークン(崩れた)なコード進行や少しずれた和音構成が不規則に連鎖していく様は聞いていてゾクゾクする感覚が生まれます。
どういったプレイを目指すかは本人次第ですが、決して「音楽理論の型」にハマらずに、自分が今まで聴いていた音楽を信じてハンドパンで表現してみましょう。きっとオンリーワンな楽曲が生まれるはずです。
Nadishana, new handpan program 2018(Russia,2018)
不規則性とポリリズムから独自の空気感が出るNadishana氏
Happy Handpan Life!!
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参考サイト
Yudin Workshop
スケールのサウンドテスト音源。
Mixed In Key
五度圏表を使った楽曲解析。